お仕事メモ-その4
最近の若い有能な奴って、「当て方」「成功」の話に、なによりも熱心になっている。熱心であるのはマーケティングだと。それだと、枯れていっちゃうんだよね・・・
若いとき、具体的に言えば入社3年目から販売促進とか販売計画、商品企画などの仕事をするようになった頃のことだけど、とにかくマーケティングの本を読み漁りました。消費者心理を分析して、“このツボをこう押せばこんな反応がかえってくる”という仕掛けがゲーム感覚で面白かったことを思い出します。なにせ、まだまだ社会人になりたてで、そういうテクニックを駆使してヒット商品を出すことがかっこよく見えたし、実際にサクセスストーリーにはその手の話が今でも多いですよね。なんだか、マーケティングのテクニシャンのように、時代の<風を読んで><仕込んで><仕掛け>て、まんまと大きな風を起こすことができた、って言うのは、マーケティングに関わっている人なら、メーカーであろうと広告代理店であろうと夢なんだと思います。「ヒットの仕掛け人」なんていう特集に出てる人、あんな感じ。僕も、そんな「ヒットの仕掛け人」を夢見ていた時期がありました。いや、今でもそういう何かデカイ仕掛けを構想したり、シナリオを描いたり、画策したりすることは結構好きだったりします。まだまだ枯れてはおりません、はい(笑)。まだまだしっかりクリエイター、プランナーとして現場で戦える現役と思っています。
だから、そんなノウハウドゥハウは現在でも大きな関心事であることに変わりはないし、そういうテクニック論はビジネスをする以上は避けて通れないものだと思います。ただ、その前に考えるべきことを考えているか?やるべきことをやっているか?と言うことを最近よく考えるようになりました。
それは自分の“立ち居地”と“目指すもの”を明確にすること。何を作るか、どう売るかの前に、我々にしか生み出せない普遍的な価値は何かを明確にすること。そこがその都度ブレたら、流行を追いかけても何も残らないのです。
来年は何色が流行るか?ばかり考えていては、自分たちで流行の色を作ることは永久にできないのです。毎年流行の色を追いかけて変化させていくよりは、自分の色を黒と決めたら、その黒が周囲の流行の中で置かれるときのギャップをどう演出して調整するか、がマーケティングなのだということです。自分たちが何色かを決めるツールがマーケティングではないということです。
別の言い方をすれば、マーケティングでモノは作れない、ということです。作りたいものが今の市場でどう評価されるか?を見極めてハードルの高さを測り、それを乗り越える手段を考えるのがマーケティングであることだと思います。ほら、そう考えると情報過多の息苦しさから離れて、どっしりゆっくり自分を見つめなおすことができませんか?
劇作家の鴻上尚史さんが、こんなことを言っています。
「観客からアンケートをとる。一つ一つに一喜一憂しないで読んでいくと、トータルとしての反応が見えてくる。でも、見えてきたからといって、それに乗るかは別の話。乗ってもいいと思う要求もあれば、それに乗ってしまうと我々ではなくなる、自分の作りたいものではなくなるということがある。基本的に、お客さんはオンリーワンを観に来る、逆に言えばオンリーワンにならない限りお客さんは来ない。ただ、お客さんはクリエイターでもないし、わがままで贅沢で正直だから、自分の経験の中で気持ちよかったこととか、面白かったことと比較して語る。これを聞いて欲求に応えようとすると「オンリーワン」ではなくなる可能性がすごく大きいので、そこは慎重になる。」
とても重要なことだと思います。
それに乗ると我々でなくなる、では我々ってなんなのだ?ということですね。そんなこといっても、それは芸術の世界でしょう、我々はビジネスなんだよ、という批判もあるかもしれません。でも、そうとは思いません。
岸田雅裕さん(ローランド・ベルガー/元パルコ)がこんなことを書いています。ちょっと長くなりますがとてもわかりやすいので引用します。
◆ユーミンと桑田佳祐
用賀のレストランで普通の女の子の話を漏れ聞きながら自作の歌詞に盛り込んでいき、秋にアルバム発売と同時にツアーが始まり、新さくら丸でのクリスマス船上パーティ、苗場スキー&コンサートと続いてフィナーレを迎える大変マーケティング的な取り組みをしてきたユーミン。毎年市場の声を聞いてポジション修正していたはずだったが、90年代半ばからその神通力は急激に低下する。彼女のコアファンである「新人類」は洒落たライフスタイルを手に入れてしまっていたし、その後の団塊ジュニア世代には貧乏臭く映るようになった。アイデンティティを明確にしないまま、市場の声に流されて。気が付いたら市場には断層があり、価値観の不連続なグループがターゲット年齢に入ってきたときに、見捨てられてしまった、ことになる。綿密なマーケティングで、時代の(ちょっと手を延ばせば届きそうな)1mほど先をいつも示してきたユーミン。確かに一つの時代を作ったと思うけど、今の桑田と比べてみると、なんだか消耗してしまった、という感がある。
BMWでは、直接的に顧客の意見を取り入れることはしないといいます。どんなに売れても、自分たちのアイデンティティと異なる層への拡散を制御することが重要であると考えているからです。顧客起点とはいうが、そこに何かヒントが隠されている場合があるというだけで、顧客自身が欲しいものを正確にわかっているということはほとんどないのです。まず、自分のやりたいことを先に考える。もちろん、市場や顧客の声を聞くこともあるが、それは自分のアイデアがどのくらいハードルの高いものなのかを測り、それを超える施策を考えるためである。ハードルが高ければ、普通は競合も少ない。それだけヒットしたときの見返りは大きいものになるはずです。一方、日本のクルマメーカーには顧客の声を取り入れているところが多いです。その結果、クルマが加齢する。モデルチェンジ毎に平均的なものになっていくのです。
プロシューマーの出現や、送り手と受け手の情報格差が大幅に縮小してきてはいますが、世に問うものを消費者に聞いていて、作り手の存在価値があるのだろうか?というちょっと過激な疑問を投げかけるプランナーも最近出てきました。マーケットが言っていることを聞くのではなく、自分がターゲット顧客ならどんな製品やサービスが欲しいかを考えることに価値があるのだ、という主張ですね。
まずは、こういう議論をしっかりすることから始めるべきだと思いますが、実際には全く別のジャンルで仕事をしてきた人が、調査報告書の上っ面な部分を拾い読みして、「団塊世代がアクティブシニアとして今後の趣味・余暇消費を牽引していくので、そこにミートさせる」などと簡単に語ってしまうのが現状です。そんなことは、コンサルタント、調査会社、広告代理店の新入社員の研修テーマでも導き出せる分析です。いえ、それ自体は意味のあることだし、重要なことです。でも、それは同じ土俵に立つための基礎データであったり、自分たちのやりたいことと、時代の価値観のギャップを見極めてどのくらいの時間軸でマーケティングを構築していくかを考えるものです。メーカーと、コンサルタント、調査会社、広告代理店の一番の違いは、何をという部分を自分たちで考えるか、それ自体も余所から持ってくるかの違いだと思います。
ちょっと熱く長々と書きました。こういう話しって「ああビジョンね」で終わらせてしまう人、結構異多いです。どんなマーケティングの入門書にも書いていることですから。ビジョンの重要性はあたりまえすぎて、スッと頭に入ってしまうだけに、そのまますっとそのまま通り抜けてしまうのです。正論すぎて、定着しすぎて、純粋すぎて、それだけにあんまりそこに留まっていることが、ちょっと青臭く照れくさい感じがしてしまうのかもしれませんが、やっぱりこの基本に戻ろうよ、って最近またあらためて強く感じているのです。
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