ゲージツ
芸術表現の方法や手段は、基本「なんでもアリ」だと思っている自分です。
作者が「これが私の芸術だ」と宣言したところから始まればいいとも思ってます。
という意味では、僕は芸術を受け入れる間口は比較的広いと思ってます。
(理解できるとか、感動できるか?は、また別の問題ですが・・・)
でもそんな自分が、
最近のデジタルカメラのお遊びモードに、違和感を覚えることがあります。
トイカメラモードとかいろいろなデジタル処理を施した機能のことです。
デジタルなんだからいろいろなことができていいじゃない、
それを否定するのではなく、もっと楽しもうよ、という基本姿勢は持ちながら、
なんだかいけない方向であるような匂いがするのです。
疑似シャッター音は最近慣れてしまったのですが、それに共通するかも。
習字では、”払い”とか”止め”がとても重要です。
そこがうまくいくと、字全体に勢いが感じられます。
で、その”払い”とか”止め”のお手本のような形のゴム印を作っておいて、
文字の最後のところにそのハンコをペタっって押してしまったら、どうなんでしょ?
そこに作り手の創造はどこにあるのでしょうか。
カメラの場合、テクニカルアートではあるのですから、
機材のスペックに表現が影響されることは事実ですよね。
デジタルアートフィルターが芸術といえないなら、多重露光もあおり効果も否定するの?
と問われれば、そんなことは思いません。
だから、あまり深く考えているわけではないのです。
トイカメラで撮った写真はいいけど、トイカメラモードで撮ったものは偽物臭い。
前者は道具を選ぶという工夫があるけど、後者にはそれを感じさせない。
(でも、後者もそういうモードの搭載されたカメラを選んでいる、
という意味で決して工夫が前者より劣っているともいえないのですけどね)
なんとなく、そういうあ手軽ゲージツモードに警戒感を抱いてしまうのはなんででしょ。
ほんとのアーチストはそんなモードを使わないでしょうし、
結局、それで何をどう撮るか?が重要なのだから、
目くじら立てて、モノ申すことではないんだけど、です。
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