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2007年9月28日 (金)

温めるか外気にあてるか

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なにか新しいアイデアが出た時に、あまり余計なことを考えずに勢いでガンガン突っ走ってみる方法と、いったん冷却期間とか深く考えを練りこむ時間を持って熟成させる方法があります。人それぞれのスタイルにもよるし、得手不得手があると思いますが、経験的にいうと、そのアイデアをどのくらい継続させたいか?がどちらの進め方が相応しいか?のポイントであるように思います。

1ヶ月の短期勝負の企画であれば、1時間で書き上げる企画でいい。まだ湯気があがっているうちに食ってしまうほうがいい。でも5年もたせる企画であれば1時間で考えた企画を1週間寝かせて見直し、1ヶ月練り込み、3ヶ月寝かせてもいい。いろいろなケースがあるので一概には言えませんが、だいたいそんなものだと思います。

一気に作り上げると、気持ちの高まりの余熱を感じるような、勢いのある魅力的な企画ができることもありますが、少し時間を置くととても陳腐になってしまうものもあります。時間のフィルターを通して、周りの飾りが風化して本質だけが見えてくるからでしょう。そういう過程を生き延びられない企画は、世の中に問うても陳腐化するのが早いことが多いですね。

また、一旦寝かせて熟成させる場合でもその方法がいろいろあります。自分の中で”内考”を深めていく場合もあれば、いろんな人に話しながら意見を聞いてブラッシュアップさせていく場合があります。前者を思索的=内考型、後者は行動的=外考型としておきます。

内考で注意しなくてはならないのは、脳内で盛り上がってどんどん完成度を高めていくので、いざ周囲の人に意見を聞いたときに、自分の企画の守りに入ってしまうことです。根本的なことを指摘されても、企画全体を見直さないで部分修正で対応しようとすること。練りに練ってきた自信があり費やした時間も多いので、リセットボタンが押せなくなってしまうのですね。

逆に、外考で注意することは、周囲に話すことで頭の中の内圧が下がってしまうこと。自分の企画を語ることで、ある種の達成感、満足感を得てしまい、そこから次に進まなくなってしまうことです。

このように一長一短あるので、やはりバランスとタイミングが重要なのです。でも、僕自信もそうですが、このような取り組みか方をケースによって使い分けるというのは至難の業です。その人のパターンというがどんなときでも出てしまうのです。

僕の場合は、自分の考えやアイデアをさらっとサラウンディングできる信頼できる知人がいるので、内考+1~2名という場合が多いですね。特定の人には生煮えの状態でも話しますが、それ以上には話しません。それがどうも自分のリズムに合っているようです。

いずれにしても、最初に書いたように、どのくらいの継続性を求められている企画であるかによって、内向でも外向でもの期間を意識してみるといいと思います。

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2007年9月24日 (月)

触媒

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クリエイトするということは個性の表現であると思っている人が多いでしょう。しかし、T・S・エリオットは、「詩人はつねに自己をより価値あるものに服従させなくてはならず、芸術の発達とは脱個性化の過程である」と言いました。インパーソナル・セオリー(没個性説)です。そこで引用された有名なアナロジーが”触媒”です。詩を作るのは「酸素と二酸化硫黄があるところに、プラチナのフィラメントを入れたときに起こる化学反応に似ている」というものです。触媒であるプラチナが化合の前後で増減も変化もないというのが、詩人の個性が果たす役割に通じるものがある、と言います。化合したものには、プラチナの痕跡はないのですが、プラチナがなければできなかったものになっている、ということですね。クリエイターは、出来たものに痕跡を残したがるもので、その痕跡が自分のアイデンティティであると考える人も多くいるように思います。

詩人は自分の感情を詩にするのだ、個性を表現するのだ、という考えに対して、個性を脱却するのだ、という上の考えは昔聞いたのですが、その時はまだ理解できずにいました。企画は触媒だなんて、なんだか引き合わせに生きがいを感じる仲人好きのおばさんみたいで、納得できなかったのですね。感性や創造力で勝負するのだ!って意気込んでいた頃ですから、引き合わせの妙みたいなこと言われても受け入れられなかったのですね。

でも、エリオットは、詩人の個性もこのプラチナのようなもので、その個性が立ち会わなければ決して化合しないようなものを化合させるところで”個性的でありうる”とするのですね。すでに存在するものを結びつけることによって、新しいものが生まれる。無から有を生じるような思考などめったにおこるものではない。すぐれた触媒なら、ごく自然に既存のもの同志が化合すると。

自分の個性をいかに出すか?これは芸術家だけでなく、商品企画も工業デザイナーも、経営者でも考えることです。アイデンティティ、オリジナリティにこだわることは大切なことです。が、ものを考えるにあたってあまり緊張しすぎるのはいけないようです。自分を出そう出そうと意識しすぎると、お仕着せがましいうっとおしいものになってしまう危険があります。前に書いたデザイン家電の嫌らしさなども、これに通じるものなのだと思います。

もう少しゆったりと、自分の手にかかれば、意識しなくても自然に自分の味が出るものだ、というくらいの感じで取り組むことも必要かもしれません。仕事がら、様々なジャンルのクリエイターの方々とお会いしますが、自分のスタイルが出来ている方ほど、仕事を選ばない人が多いようです。どんな仕事でも、どんな要求でも、相手のことを考えて仕事をすれば、自分の価値は自然に出るものだ、という自信があるのではないでしょうか?

枯れた考えだと反発する人もいるでしょうね。自分の創造力で無から有を生まなければ意味がない、と思う人もいると思います。それもOK、大いに勝負して欲しい。でも、一方でこんなスタンスもあるのだ、ということを頭の片隅に置いておいて欲しいです。きっと、どこかで役に立つはずです。

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2007年9月17日 (月)

マイナーチェンジが腕の見せ処

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陸羽東線は宮城県古川と山形県新庄を結ぶ単線です。鳴子を過ぎてまもなく分水嶺となる中山峠を超えます。それまでは太平洋にむかって流れている川が、日本海に向かって流れるようになります。写真は、瀬見温泉近くの線路です。

マイナーチェンジというとベースになるモデルがあるので、いろいろやろうとしても限界があります。ましてや、別の人間が企画した商品のマイナーチェンジモデルの企画担当するのなんて、なかなかモチベーションが上げにくいものです。

でも、マイナーチェンジこそその人の腕の見せ処なんです。主要スペックは変えられず、見た目も小変更程度しかできない。そんな難しい制約条件の中で、いかに完成度を高めることができるか?ディティールの作りこみだけで、新製品としての魅力をしっかりと出すことができるか?ほら、まさにプロにしかできない、面白い仕事なんです。

フルモデルチェンジの方が、そういう面では楽なのです。最新のスペックを集めて、新しいフォルムに新鮮なデザインを施せば、言葉で補わなくても商品だけでとりあえずは注目され、関心を集めることができるからです。もちろん、選択肢が多い分、違う難しさはあるわけですけどね)

だから、是非マイナーチェンジの担当になったら、「よっしゃ!腕の見せ処だぜい」って思って欲しいのです。今度の担当はマイナーチェンジだから楽チンっす、っていう姿勢にはならないで下さい。

事件に大きいも小さいもない!って踊る大捜査線の青島刑事もHEROの久利生検事も言ってます。企画にフルモデルチェンジもマイナーチェンジもない!って感じ???

同じような理由から、成熟産業の企画こそ面白いと思います。液晶テレビやブルーレイディスクプレイヤーの企画より、冷蔵庫や扇風機の企画の方が、なんだか楽しそうな気がしませんか?

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2007年9月13日 (木)

栗駒&鳴子

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先週末から5日ほど家族で栗駒~鳴子をぶらぶらしてきました。途中で良い川を見つけてはちょっと竿を出し、良い露天風呂があれば汗を流しと、先を急がないの~んびりした旅でした。

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左上・・・山形まで足を伸ばして、瀬見温泉近辺の小国川

右上・・・鳴子の奥にある鬼首温泉手前の吹上温泉の滝つぼ露天風呂

左下・・・江合川で仕留めた山女魚

右下・・・魚道の流れ出しポイント(ここでヒット!)

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稲穂はずっしりと頭をたれていました

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こんなフォトジェニックな社も発見・・・なかなかの風景でしょ?

あー、リフレッシュしましたー!

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